約1年振のレポート更新となります。
3ヶ月振りとなりました天窓読書会。
今回からテキストが新しく変わりました。
「尊徳翁遺訓」−「二宮尊徳夜話」に学ぶ
「二宮尊徳」という人物で思い浮かぶのが、薪を担いで本を読んでる
像ですよね。
私もどんな人物であったのかほとんど知らず、所々本文の途中に
出てくる短歌がとても情緒深く、なるほどこういった自然に対する描写
やそれによって考えるべきことが派生されて盛り込まれている深さに
驚嘆せずにはいられませんでした。
ここでは尊徳先生がどんな人生を描いたかという詳細なことは
おいおい述べるとして、まずは本文最初に登場した5つの短歌に
ついて寺田一清先生より丁寧かつ詳細に教えて頂いたことを
書こうと思います。
@夕立と姿をかへて山里を恵むなさけぞはげしかりける
A声もなく香もなく常に天地はかかざる経をくり返しつつ
Bあら山の深山の奥の谷かげも花咲きにけり春のめぐみに
C父母もその父母も我が身なりわれを愛せよわれを敬せよ
D山寺の鐘つく僧の起き伏しは知らでしりなむ四方の里人
@〜Bは自然について描かれておりますが、
@は夕立は激しいが時にはそれもまた大自然の‘愛'でありやさしさ
であると。
A大自然は声を出して説明は一切ない。それには私達人間が大自然
が何を言わんとするかを感じ取らなくてはならない。それこそ‘感性'
であるという。現代は便利になりすぎて‘感性'が衰える一方である。
‘感性'を失わず、また更に養えるようになりたいものです。
B花は誰に見られようが見られまいが黙って咲くものである。
見られる為に咲くのではない。これこそ自然体ですね。
先日G.W金沢に行きました。大渋滞で、高速を外して下道で
おっちらおっちら・・・片道8時間も掛かったのですが、不思議と
ストレスはありませんでした。何故かというと道端に咲き誇る花々、
そして新緑の鮮やかで美しい色、そして川の流れる水の音、
この季節ゆえの美しい景色はまるで切り取ったキャンバスが
風景ごとに出会っては別れ・・・その繰り返しで・・・
これこそ大自然の力であり、まさに感動でした!
C両親、そして祖父母と続いていく先祖の方々がいたからこそ、
今自分はこの世界で生きることが出来てる。先祖イコール自分
であると尊徳先生は仰り、それはつまり自分を愛し、大切に
することが同時に先祖を大切にすることであるということ。
D山寺の僧は顔も姿も見えないが、毎日つく鐘の音色と時間帯など
から、前日何をしていたかどんな状態かなど、山里に住む人々は
僧の姿は見えなくてもわかってしまうと(笑)いう興味深い短歌です。
大自然の道−天道(大自然の営み、天地宇宙の法則)
人間の道 −人道
‘天道(天地宇宙の法則)に従いながら人道に誠を尽くす'
つまり起こってくる事に常に誠を精一杯尽くすことであり、それには
まず大自然が何を言わんとするか感じる力、つまり感性を養う力が
必要であると。
以上、やはり寺田先生の解説は心に響くものがたくさんあり、
二宮尊徳先生のこのテキストは今後も興味深いものを感じます。
天窓読書会はやはり素晴らしいなと改めて思うことが出来ました。
有難うございました。